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3月は、季節の変わり目と言うことで、体調不良で二度ほど寝込んでしまい、活動が低調でしたが、いまはだいぶ元気です。体調不良でなくても、ペースがのろのろしてるのは、毎度変わらないですね。
ということで、おなじみの、一度ツイッターに流した長歌の再録です。天の原 ふりさけ見れば あかあかと 火星はあれど 月はなく 地球-月間 戦争で 烏滸(おこ)な運びに 破壊され 月はなけれど 星空は 変わらずあれば しみじみと 赤い火星の 三部作 全てに出たる ただひとり 梶野少佐は 脇役の はじめ『あなたの 魂に 安らぎあれ』で サイ・玄鬼と 語らいいたる その夜は 通りすがりの いち少佐 『帝王の殻』に 出でたれば 地球政府の 代表と かつてあな魂(たま) 読みたりて 思いしよりも 地位高く ふたたびまみゆ なつかしさ 頁(ページ)くるれば 機械人 アミシャダイとも 知り合いの 月戦争へ 参戦の されど『膚の 下』が出て 梶野少佐は 月なしの 時代に生まれ 戦争を 知らぬ世代と 変ぜられ 大尉のときに 会えざりし こととなりせし 機械人 アミシャダイには 膚では 少佐となりて 邂逅の みたびの出番 めでたくも なにやら哀し 役回り さはさりながら 三部作 全てに出るは ひとりのみ 梶野衛青 ひとりゆえ 紆余曲折の 設定も 全ては彼を 縁取りて 形作りし ものなれば 三部作とは 独立の 分かたれしとは ならざりし コンプレックスな 身の上の 書きかえられた 梶野少佐は
反歌二首
捨ておきし細部をながめくり返す書物の旅のまた面白し
改変の梶野少佐が三部作そのものなりき文句ありしや今回は、折句はなしで、ただの長歌として、書きかえられた梶野少佐をテーマに、わりといつも主張している通りの内容を詠んでいます。句またぎが多くなってしまい、ちょっと切れ目がわかりにくいので、これまでと違ってスペース入れての表示です。
折句ではないぶん、だらだら詠んでいけるので、楽っちゃ楽でしたね。うまく語数が合わないときは、同じ語句やくり返しが使えますし。ただ、句またぎが多いというところで、ほんらいの詠唱する長歌と違って、紙とペンで作ったのが明白で、そのへんあんまり長歌としては美しくないです。
まあそれはともかく、反歌二首は、一首が火星三部作を外しても意味が通る短歌、一首はもろ火星三部作でおおくりしてみました。
また別のテーマでも火星三部作な長歌作っていきたいです。ではでは。 -
火星三部作の『あなたの魂に安らぎあれ』と、『帝王の殻』&『膚の下』のタイトルを使った長歌をこれまで作ってきましたが、三作全てを合わせたタイトル文字数は偶数になってしまうので、全部では長歌が折句できないなーと思ってきました。しかし、ちょっと考えてみました、『膚の下』文庫版についている、上下、じょうげなら三文字だし、これを足したら奇数になるじゃない?
というわけで、「あなたの魂に安らぎあれ帝王の殻膚の下上下」で、またまた長歌を詠んでみました。上下は文庫版(と電子書籍版)しか関係ないので、単行本は勘定に入れないことになりますが、まあしかたありません。思いついたので。新たなる波は来れりたたなずく望みの秋(とき)のたたわしきまことの姿しめやかにいまこそ帰らめにぎやかに闇のさなかを進みゆくラストシーンは銀幕の淡きひかりに玲瓏と手に手をそえていざないの恐れはすでに失せにして残る全ては隠(かく)り世へ来世をめざしはるばると大慈のもとのエピタフはのちのためにと記されぬたとえさあれど嫋嫋(じょうじょう)と現(うつ)し世もまたげに夢なりて
苦しみもわがものなれば濡れ羽色のうつろうまでは捨てずもあらなん
転変の定め静かにおとないてキリンは駆けぬ夢のごとくに今回は、反歌を二首つけてみました。火星三部作全体を詠んだ感じになりますが、ラストシーンと言っているように、あな魂やや多めです。反歌二首でうつろうとか転変と言っているのもそれでです。
たたなずくは折り重なったという意味で、たたわしきは立派なとかすばらしい、隠り世はあの世のことです。ときを秋と書いているのは、秋川(と秋沙)にかけてあって、大慈も慧慈にかけてあります。濡れ羽色は露骨にカラスの暗示です。
ただ、長歌がタイトル折句ということで、無理していてイメージに流れているため、反歌二首は火星三部作と関係なくても成立するように詠んでみました。
さすがにタイトル折句で長歌は何度もやりましたので、そろそろただ長歌を詠みたいですね。虫麻呂みたいな物語長歌でしょうか、理想は。
それはともかく、ではでは。あらたなる
なみはきたれり
たたなずく
のぞみのときの
たたわしき
まことのすがた
しめやかに
いまこそかえらめ
にぎやかに
やみのさなかを
すすみゆく
らすとしーんは
ぎんまくの
あわきひかりに
れいろうと
てにてをそえて
いざないの
おそれはすでに
うせにして
のこるすべては
かくりよへ
らいせをめざし
はるばると
だいじのもとの
えぴたふは
のちのためにと
しるされぬ
たとえさあれど
じょうじょうと
うつしよもまた
げにゆめなりて -
ついに最後までやってきました。もう少しお付き合いください。
「わたしがわかるか。梶野だ。きみと前に会ったときは大尉だった」
「さあな。おれの先祖はたしかにあなたと交戦したかもしれん」
「先祖か。そうなのか……機械人は、そうなのか――生きているんだな。それがわからなかった」
「まだ生きてるよ」
「失礼した。地球代表として、アイサック・システムの破棄検証に立ち会わせてもらう。幸運を祈る。きみの魂に加護があらんことを」
「のんびり見ていてくれ。恒巧、きみの魂に安らぎあれ、だ」
「……なんだ?」と恒巧。
「地球流のあいさつだ。ふと思い出した。地球人は月人がそのあいさつをするのを禁じたような気がする。昔の話だ」
(『帝王の殻』単行本初版 #8 pp.380-381)
「わたしがわかるか、アミシャダイ。梶野少佐だ。きみがかつてのアミシャダイではないにしても、機械人ならば、わたしを記憶しているはずだ」
「梶野少佐か――思い出した。わたしはアミシャダイだ」
「地球人の代表として、アイサック・システムの破棄検証に立ち会わせてもらう。きみの幸運を祈っている」
「昔のあなたは、機械人の幸運など、絶対に祈らなかったな。あなたはいまも大きな権限を持っているようだが、地球を救ったのはあなたではない。それを忘れるな」
「忘れてはいない。だから、きみの幸運を祈る」
「なるほど。ではわたしは、恒巧、あなたの魂に安らぎあれと、祈ろう」
「……なんだ?」と恒巧。
「わたしと地球人を救ってくれた、救世主の祈りだ。わたしはそれに倣っただけだ」
(『帝王の殻』JA文庫二刷 #8 p.416)文庫二刷のアミシャダイ(書きかえられている)は、「昔のあなたは」だの「それを忘れるな」だの「なるほど」だの、よく言えたものね。あなた昔はそんなこと一言も言ってなかったわ。デコピンするわよ!
ゴホン、失礼しました。新版の『帝王の殻』を読んだ人は、新版の描写が『帝王の殻』なわけですし、単に私は旧版の描写を先に読んでただけですし。先に出会ったほうが印象が深かったり思い入れが強かったりするだけですから。
それはともかく、何度も同じことを言いますが、アミシャダイは月人の指導者設定と、月戦争を経験した梶野少佐設定をなかったことにして、『膚の下』での描写に合わせたために、こういうことになったのですね。「きみと前に会ったときは大尉だった」「先祖か。そうなのか……機械人は、そうなのか――生きているんだな。それがわからなかった」な梶野少佐が、私は好きだったのです。「きみの魂に加護があらんことを」
次行きます。
「彼は大丈夫ですよ」梶野少佐。「月の夜でも平気だった」
(『帝王の殻』単行本初版 #8 p.384)
「彼は大丈夫ですよ」梶野少佐。「機械人には機械人の守護神がいる」
(『帝王の殻』JA文庫二刷 #8 p.420)新旧版比較はここで打ち止めなのですが、もうおなじみの月戦争カットのため、梶野少佐の月人の指導者アミシャダイを評した「月の夜でも平気だった」というセリフが、「機械人には機械人の守護神がいる」になってしまいました。過去に梶野少佐(旧版)とアミシャダイ(旧版)のあいだに何があったんですか? それに、梶野少佐苦しいです、「守護神」て、今までそんな前振りなかったよ? それはそれとして「機械人には機械人の守護神がいる」はちょっと格好良い、臭いセリフだと思いますので、悪い気はしないですが。
さて、これまで『帝王の殻』が『膚の下』に合わせて書きかえられたところを見てきました。旧版の『帝王の殻』にあった、アミシャダイは月人の指導者で、梶野少佐は月戦争経験者で、二人はかつて月戦争時代に出会っていたという(私にとって)重要な設定がなかったことになり、新版の『帝王の殻』に改訂されているということですね。
もちろん私は、新版の梶野少佐のことも好きですし、一度発表した作品に後から作者が手を入れることはよくあることですし、作者にはその権限があるのですし、なにも悪いことだとは思いません。しかし、私は旧版の『帝王の殻』が書きかえられたことを忘れないし、これからも折りに触れて言っていくつもりです。
長長とここまでお付き合いいただきまして、ありがとうございました。
