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今日は家の近所の図書館に行って、先月7月に祝発売の『アンブロークンアロー』をリクエスト予約してきました。〈雪風〉の単行本は買わないけど、文庫になるまで待ってるわけにもいきません。梶野少佐についての記述を探してて、うっかり第三部のネタばれ見て落ち込むとか、そんなことはしたくないですからね。てか、「梶野少佐」で検索がやりづらくなるじゃん(そこか)。
それはともかく、図書館で自由に本が読めるというのはなんて素晴らしいの。とりあえず、本が入るまで、積読にしてる『狐と踊れ』でも読みながら待とうと思います。なんかいつもビートルズ返しにあうんですよ。もっとも、「敵は海賊」だけはちゃんと読んでます。『敵は海賊・海賊版』を読んだ後に、プレ短編があるんだと、立ち読みしておきました。
そう、あれは確か、私が高校生だったころです(遠い目)。あの時代の『狐と踊れ』の表紙絵(旧カバー)は、まあなんちゅうかあれで、可愛い物好きの思春期の女子高生が手許に置きたくなるようなもんではございませんでしたなあ。たとえ、SF小説を好んで読むような日陰者文学少女だったとしても。ですから、現在のこれはラノベか!的な華やかでキャッチーで、ややもすればキッチュなイラスト群が、いわゆる一般書籍の表紙を飾る風潮は、とても良いことだと思っています。若年層ホイホイとしてかなり有効な手ですしね。
ただ時々、自分の好みの絵と系統がかなり違うと、別にこんなイラストじゃなくても……と思ってしまうのが難点ですが、まあ昔の流行りの地味で暗くて不気味な表紙絵(偏見)でも、それは同じことなので。さてこの8月には、「敵は海賊」も収録(重複)された〈敵は海賊〉の短編集文庫が出版予定だそうで、楽しみです。あ、こっちは買います。
同(重複)収録される「被書空間」も実は、〈雪風〉を読んでもいないうちに、マニュアルが出た当時読んでるけど、それ以外はジュディと書き下ろしになるのかなと思うので、読むのが楽しみです。おお、その前に、積読にしてる『敵は海賊・正義の眼』を(以下略)。
ところで、キーボードでAプロ(グラム)と打とうとしていて、Apuroとなってしまいアプロと読めてちょっと嬉しかった、そんなささやかな夏の一日。 -
検索エンジンで〈火星三部作〉の感想を、「梶野少佐」をキーワードに検索するのが、日課です。
こないだは、〈火星三部作〉の各感想に梶野少佐について、がっかりでもなんでも記述があるのは何もないよりよほど良いとは言ったけど、やっぱし『膚の下』のお蔭で、梶野少佐があんな人だったとはね、とか書かれるとへこむんですよ。ちゃうねん、思いやりがないとか挫折したことがないとか、ぜんぜん変わりばえしないとか、運がいいだけさとか馬鹿にされても仕方ないよとか、これで完全に失脚だねとか、散散なことを言われる、そんな出世志向の俗っぽい『膚の下』の梶野少佐が、『帝王の殻』と『あな魂』では私的な挙手の礼をしたり無言で敬礼したりするような、自分のやるべきことをわきまえた仕事人であるという、この落差のダイナミズム、そこが萌えるところだろ!(って、そんな力説されてもな…)
普段私は、語りやすさを優先して、単純に梶野少佐を旧版と新版の2種類にわけていますが、細かく見ていくと本当は旧版『あな魂』の梶野少佐と、旧版『帝王の殻』の梶野少佐とでも違いがあって、それが後に『膚の下』の新版の梶野少佐に収斂されるわけですが、つまり梶野少佐は千変万化を地でいくひとなんですよ。常に変容しつつゆるやかな同一性を持って進み続ける、そうそれは生命活動そのもの、これがわかりますか?(わかんねぇよ)
まあ、とは言え『膚の下』の流れに統一されてしまったので、新版の『あな魂』&『帝王の殻』の読者の方は、梶野少佐のこれまでの転変を察知することすらできないのですけど。
しかし、梶野少佐が三部作の個々の物語に、より大きな外部の時間を持ち込む存在であることは、もう少し評価されてもいいんじゃないかと思います。梶野少佐の今が点在していることで、その点と点のあいだの膨大な時間を、私たちはより強く意識させられるのです。(なんか私たちとか、ひとまとめにされたー) -
その昔、間明少佐(41)は日本軍の主計中尉で、後に日本軍が解体されUNAGに吸収された時、少尉からやりなおすハメになりました。間明少佐のUNAGの中尉時代に、梶野少佐(35)は国連軍中央士官学校を出たばかりの少尉でした。
つまり、
間明少佐:旧日本軍士官学校→主計少尉→主計中尉→→UNAG少尉→UNAG中尉
梶野少佐:~~~~~小中学高校?~~~~~国連軍中央士官学校→UNAG少尉
図にするとこんな感じ。間明少佐が士官学校に入った(入れられた)のは18歳以降であることがわかってるから、単純に考えて22,3歳ころに陸軍主計少尉になったとして、仮に十数年前のUNAG中尉の時に梶野少尉が22歳くらいとすると、間明中尉はその時28歳くらい。
さて、28歳くらいで中尉というのが遅いのか早いのかわからないけど、エリートであるところの石谷少尉と堂本少尉がいまだ中尉でないことを考えると、二人の年齢はやはり25~28歳くらいが妥当な範囲でしょうか。あいだを取って27歳くらい? もう少し下か、でもあんまり年齢差(誰と)があり過ぎると萌えないし(何が)。そんでまあ、こうして考えると、梶野少佐が間明少佐を慕うのもよくわかるような気がします。キーワードは「波瀾万丈」「紆余曲折」「泰然自若」って感じですか。少なくとも新版の梶野少佐には過酷な過去もなければ、挫折もない(そんな訳はない)けれど、出世のために汲汲としているので、間明少佐がストイックに仕事に打ち込む姿に憧れるなあとか、間明少佐の気も知らないで思っているに違いないです。間明少佐は人間関係って煩わしい、面倒くさいと思ってるだけなのにね。
うーん、私も人間関係が煩わしいタイプだから、間明少佐は自分みたいで嫌で、梶野少佐が良いと思うのか、納得。 -
石谷少尉は、『膚の下』本文を読む限りではツンツンの人だと思うのだけど、
「べ、別に梶野少佐のためなんかじゃないんだからっ。416ERUにとっては、これが最善策なだけなのっ」
と、ふと誘惑に負けてツンデレ変換してみると。
「わたしが悪いようにはしないであげる。この現場の処理も、あなたの手柄になるようにしてあげてもいいのよ」
ということは、つまり。
「か、勘違いしないでよね、あなたが判断ミスすると、全人類の危機だから言ってるのよ。わたしが信じてるかどうかなんて、関係ないんだから!」
こういうことか。いえ、ツンデレ変換する前から、石谷少尉の梶野少佐への言動で、「わたしが悪いようにはしない」あたりは相当なもんだと思ってたりするのですが。
とりあえず、ツンデレ変換の万能ツールっぷりに、死にたくなった……。
