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どうも自分が先日、某大型新刊書店で新装版の『プリズム』を買って帰れなかった理由が、考えてたら分りました。
私は女性体の青の将魔ヴォズリーフが見下すよーな笑みをたたえながら、黒いドレスの空気を孕んでふくらんだ裾からのびる白い足の、ふくらはぎは程よく引き締まってすらりとしていて、それでいてふとももはむっちりとしていて、というのをアオリで見せて欲しかったのです。
喪服だったらストッキングは黒でしょうし、ガーターも捨てがたいのですが、どうせなら生足のこう脚線美でね、踏まれたいだろ、と男性諸氏のハートをがっちり鷲掴みにするような。
せっかくの新カバーが、そういうのだったら一、二もなく買ったのですが。今までの表紙イラストも、それを思えばなるほど一長一短です。でまあ、自分でなんとかイメージを描いてみようとしたのですけど、全身の構図がうまくきれなかったので、泣く泣く足だけになりました。見下すような笑みには次回トライ(予定)。
ぬううぅ、にしても私が描くと全然色気がないって、一体どういうことでしょうか。何も考えずに、適当に描いたドレスがなんか酷いのもどうにもなんないけど。
あと、細くを意識してたら、ふとももが痩せてしまいました。白くてむちむちがイイのに。横に広いとか太ってるのじゃなくて、全身無駄なく引き締まってはいるのですが、つくべきところには肉があるのがイイですよね(断定)。
下僕の魚をお腹に入れてやってて妊婦形態になっている時、というのもイイです、むふふ。PR -
先生 いじめは許しませんよ
OVA版の特殊戦も もっとこー普通に
原作ファンがアニメ設定の輪に入れず
物欲しげに眺めてても
シカトしたり「それがどうした?」的な
冷たい視線を飛ばして相手を
ヘコませたり 分からない事が
あってオロオロしてたら
それを遠くからただ眺めて
鼻で笑ったりするべきです
――――分かりますか?
OVA版の特殊戦に足りないのは
他人に対する思いやりです
――――ですよね? 先生上は、マンガ『百舌谷さん逆上する1』(篠房六郎、講談社)より、鳩山先生のセリフを一部アレな感じでナニしたものです。
ええんかいなと思いつつ、まあこの前「DTB 黒の契約者」とでも似たようなことやってたから、全然無問題。(ホントかよ)
とりあえず、私はこういう(マイナーな)ダブルパロが好きだってだけです。単にネタが自前で考えられないとも言います。
でもこの流れでいくと、原作ファンがツンデレってことになるんですよね。あー、それはちょっとどうかな。
ま、別に私だって、雪風OVAを痛罵ばかりしたいわけじゃないですし。ネタとして消費していけば、心から笑って許せる日がこないとも限りません。こないと思うけど。
それでも、俗に言う「書くと癒される」とはこういうことかって気もしてきた、かもです。 -
昨日、近所の新古書店にてコミックスの『YUKIKAZE1 戦闘妖精』を、105円で買ってきました。450円の値札シールが貼ってあった頃から、虎視眈々と値崩れするのを待っていた甲斐がありました。
さらに50円の割引券や、Tポイントも使えたのですが、さすがにそれは体裁が悪いので現金払いです。そういうのは、もっと高い本に使わないとね。
フフ、これであとはMBSあたりがなんか勘違いして、OVAの雪風を地上波放映してくれたなら、DVD-Rに録画する用意は出来ています。編集なんて労力がもったいないから、CM入りまくりのまま直焼きしてあげる。
とりあえず資料として手元にないと、ここがダメって言う時に確認できないですし。雪風OVAの辛口感想はすでに各話書き上げてあるのですが、まだ言い足りてません。これだけはってところは落とさないようにしつつ、あまり細かいところを指摘してやたら長い文になってもしょうがないかと、割愛した部分が多いからです。
ええと、こういうのを表わす言葉がどっかにありましたね。そう「老いの繰り言」。
10年以上も前から神林作品に親しんできた私ですが、〈雪風〉を読んだのはついこの間ですし、積年のファンほどの思い入れがあるわけでもないのに、ここまで負の感情を抱かせるなんて、違う意味ですごいアニメですよ。
原作ファンをターゲットにしているにしては、必要なそこはないとあかんやろなセリフや場面や描写を削りまくり、それでいてオリジナル要素が効果的かといったらそうでもない。小説未読の人向けにしては、映像だけは綺麗で空戦シーンもそれなりということですが、話がさっぱりわからない。
なんでしょう、このバランスの悪さは。演出もね、1、2巻の目揺れとか顕著ですけど、どうも理解してやっているとはとても思えません。なんとなくこうしたらこう受けとってもらえないかな、みたいな、なんとなく思わせぶりな雰囲気でわかってもらえないかな、みたいな甘えが感じられます。
あの目揺れが、観ていて私はとても気持ち悪かったです。それは、一番大事な場面で使うべき演出効果を、やたらどうでもいい場面でも使いまくっていたからです。
確かに「目は口ほどに物を言い」とは言いますが、登場人物の内面の表出を揺れ目ばっかりに負わせて、視聴者に気持ち悪いと感じさせるなんて、演出がなってないとしか言いようがありません。さすがに3巻からは、目揺れも鳴りをひそめましたけど。
つまり、理論武装が足りていないのです。ここをこうしたら大概の人間は、あれはああかと連想し、だからそう思わせるにはこれが絶対に外せない、という風な。しかも、そういうことは、さり気なくされていなければなりません。さて、上記以外に、演出がなっていない例として一つあげるとしたら、私は4巻の南雲海軍少将をあげましょう。
日本海軍空母アドミラル56の南雲艦長が記者会見の後、艦長室に引き上げたところで、リン・ジャクスンの同乗許可がどうのこうのという場面だったと思います。もうだいぶ忘れてしまって、だから資料が手元に欲しいのですが、まあそんな感じ。
しかし、これだけははっきりと覚えています。南雲艦長は、細長いやすりで指爪のお手入れをしていました。私はそのシーンを観て、はあ?とすごく引っかかりました。
なぜなら、昨今は男の人も美容に関心が高く、男性エステだのネイルケアだのが特別なことではなくなっていますが、やはりいわゆるおネエ系や乙女系でない男性キャラクターが爪を磨くというのは、奇異にうつります。
これはあくまでも作品内表現のレベルの話であって、現実でそうしていたら奇異と言っているわけではありませんよ。そして、そんなシーン別に気づかんかったしどうでもいいとおっしゃる方もおられるでしょうが、それが演出のさり気なさということなのです。ここの場面は、どうもさり気なさだけは及第点なんです。したがって、男性キャラが専用のやすりで爪のお手入れ、などという光景は非常に印象的なものです。少なくとも私にとって。
しかし、何故に艦長が爪を磨いているのですか。南雲少将なんて原作でもちょっとしか出てこない、通りすがりの人です。ですが、爪を磨くという行為はそうではありません。都会的で余裕のあるナルシスティックな男性イメージを喚起する行為なのです。
傍証として、TVアニメ「スカルマン」の神代正樹と、同じく「マクロスF」のレオン・三島をあげましょう。この2人も、作品内で指の爪を手入れするシーンがあります。そしてその行為をもって、明らかに彼らの人間性の一端を表現しようとしているのです。頭が良く野心家で、裏で色々画策してそうなキャラ、という。
ひるがえって南雲少将はどうでしょうか。先ほど言ったように、脇役も脇役です。巻をまたいで出てくるわけでもなく、であるならキャラクター表現に凝る必要もない。どう考えても、モブキャラにすぎない南雲少将に爪を磨かせるくらいなら、ロンバート大佐にさせるべきだったと思います。
南雲艦長には、雑誌のクロスワードパズルでもやっててもらえば良かったんですよ。それで、その雑誌にリン・ジャクスン女史の署名記事が載ってたり、紹介コラムがあったりというところを、さり気なく映せば良かったのです。
演出とは積み重ねです。その時は気づかなかったけれど、後から考えるとあれはこういうことを伝えるための布石だったのか。というものです。
南雲少将が爪の手入れをするシーンの細やかさとさり気なさが、どうしてより重要なロンバート大佐を紹介するシーンに発揮されなかったのでしょう。個々の表現には見るべきところも多いのに、全体として見るとどうしてこんなに演出がちぐはぐになっているのでしょう。
ロンバート大佐のその手のシーンをどこかで挟み込んでいたら、5巻の活躍にぐんと重みがついたのではと惜しまれてなりません。
そう、惜しいのです。もっと雪風OVAは素晴らしいアニメ作品になれたはずであることが。でなければ、こんなに長々と書いたりしません。ああ、愛(ぉ)しい。 -
昨日は、大阪に行ったので、某大型書店に寄ってみました。
そこで『プリズム』が新版新カバーになったものを確認して、買おうかどうしようかひとしきり悩んでいました。『プリズム』は読んでるけどまだ持ってなくて、どのバージョンのカバー絵もそれなりに好きで、甲乙つけがたいと言うか、どれも頭一つ抜けない感じと言うか、やはり最初の黒後家蜘蛛版(違)が良いだろうか、などと思って結局買えませんでした。
私はコレクターじゃないから、旧版も新版もとこだわるのは〈火星三部作〉だけにしておきたいのですよね。手に入れるのは一冊ずつで充分です。本棚のスペース的にも。
雪風は無印と〈改〉が重複してますが、タイトルが変わって、わりと書き改められた部分があるということがはっきりと喧伝されていたため、両方入手(無印は古本)してみたわけですから、早川書房の販売戦略が当たったということなのでしょう。そんなことを「強い物語。 ハヤカワ文庫の100冊」フェア台の前で考えていると、アルバイト店員らしき若い男の人が、同じくバイトの先輩っぽい若い女の人に、ハヤカワ文庫はこのへんと案内されてきました。どうやら取り置きしておく本を探しているようです。
女性店員「タイトルは?」 男性店員「ひゃくお……」(後半聞き取れず)
アレのことかしらんと思いながら、横目で男の人の持っているスリップをガン見。(←不審者)
2人とも、ざっと眺めて見つけられなかったため、女性店員が聞きました。
「作者の名前はわかる?」
男性店員がスリップを見ながら、
「えぇと、こうせ…」(それたぶん間違ってるよ!)
と答え、立ち去ろうとするところを、「これじゃないですか」と灰色の表紙に赤いタイトル文字の文庫を指差して言った私でした。
予想どおり『百億の昼と千億の夜』(光瀬龍・著)を探しておられて、一冊を抜きお礼ののちお2人は行かれましたが、はっきり言って大きなお世話だし、単に聞き耳立ててたキモイ奴なんじゃ、自分…。まあ、いいや、SF者と思われたなら本望です。
と言うかね、フェア台に平置きしてあるのを探しつつ、素通り素通りするような地味な表紙でええんか、早川書房。渋いのはともかくも。ところで、先日、近所の新古書店にて「SFマガジン 2007年11月号」が美本150円で売られており、雪風第三部「さまよえる特殊戦」と「SFマガジンの早川さん」目当てに即決購入しました。
しかし、「さまよえる特殊戦」は読みたいけど読めないなあ、これ以前の第三部掲載分がこなせてからじゃないと。
ソラリス ポラリス アンタレス! 早く第三部が単行本にな~あれっ! で、でも文庫じゃないと買わないんだからっ!(やめんか;)
そう言えば、ちょっと前になりますけど、雪風第三部の単行本が出てる夢を見ました。もちろん帯つきで。その帯には「空を舞う、戦闘妖精“しろがね”」なんて惹句が。って、からくりネタかよ! そんな夢。
ま、早川書房は『グッドラック』もはじめ単行本で出したんだし、第三部がまずハードカバーで出るのは確実ですよね。(のわりに、〈改〉の愛蔵版は出しよらんのですが)
図書館に、買わせますか。って、まだ完結してない。 -
梶野少佐には梶野少佐の、決意なり覚悟なりがあったんだろうなと思います。当然ですけど。
間明少佐の嫉妬心は、梶野少佐のそういう揺るぎなさに対するもので…、だったら良いナァ。ほら、間明少佐って、むりやり軍人にされたっぽいところがありますからね。梶野少佐が自分で選んで自分で決めて、UNAGに地歩を固めてきたのと、言わば好対照。
でも、自信ありげに振るまってはいても、やっぱり梶野少佐も心の中では悩んだり悔やんだり、震える手をぐっと握り込んで恐怖心を抑えたこともある。そんな風に色々あって、いつしかサイ・玄鬼への無言の敬礼に至るのだと思うと、新版の変更箇所は必然であったのでしょう。だから私は、旧版も新版もともにしたいのです。以前書いたように、月戦争を知る旧版の梶野少佐が父世代であり、新版の戦後生まれの梶野少佐が子世代であるとするならば、梶野少佐の設定の変遷、その転換は非常に示唆的ではあります。つまり、梶野少佐は三部作の主題「父と子」を、もっとも純粋な形で体現しているのだと言えるからです。アートルーパーのコンプレックスさなど、梶野少佐のコンプレックスさの足元にも及びません。
なんてね、今適当に考えました。
いやしかし、旧版の梶野少佐が梶野少佐の父上の設定に吸収されてくれたなら、新版の梶野少佐はやはり父の後を継いで軍人になったってことで、「父と子」を地で行けるんだけどなあ。梶野少佐もまた、父の息子であったのだと…。(って、当り前だ)
まあ、私の中ではその設定で本決まりなんですけどネ。それはさて置き、絵の方の文字は、鼓直訳編『ボルヘス詩集』(思潮社海外詩文庫13)収録の「幸福」より、一部をいただきました。
小説作品の場合は、誤解を招かないように、あまりこういうこと(イメージ絵+ポエムとか)はやらない方がいいかと思っているのですが、アニメ作品等ではやりまくっています。好きなんですヨ。当方、夢見がちな乙女ですが何か?
それで、これはどうしても使いたくなったので、やってみました。
新版の梶野少佐は月を知らない。それはなんだか悲しいけれど、梶野少佐の求めたものの象徴として在ることは可能なんじゃなかろうか。
…すみません、妄想すぎ…。
