ようやく、(3)『膚の下』に合わせた設定変更に伴う、語句及び文章の書きかえ。までたどりつきました。しかし、まずは語句から行きますね。そして、先に言っておきますが、『膚の下』に合わせて文章を書きかえられた箇所は、#23の梶野少佐が出てくるところからです。
それはともかく、該当箇所です。
「おや、おまえのことまで面倒は見られないな。おまえはわたしが造ったのではないからね」(『あな魂』五刷 #18 p.30)
「おや、おまえのことまで面倒は見られないな。おまえはわたしが創ったのではないからね」(『あな魂』六刷 #18 p.36)
ここは、里司が神さまに祈っても、自分がアンチなら神さまにはこの祈りは届かないだろうと、神さまの回答を想像している部分です。「造」が「創」になっています。もちろんどちらの字にも、作るという意味があります。
ここに至る一連のシーンの「造」と「創」の使い分けは、
アンドロイドは地上に都市を建築するために創られたんだ。どんな街だろう、門倉京って。(『あな魂』五刷 #18 p.28同六刷 #18 p.33)
と、里司が高揚しながら想像している場面以外は、みな「造」の字が使われているところから考えると、「造」のほうが卑近なものを作る、「創」のほうがより崇高なものを作るというふうに区別されている、ととらえることができます。
しかし、『あな魂』がソフトカバー単行本から文庫になるとき、文庫が版を重ねて五刷に至っても、「おまえはわたしが造ったのではないからね」であり、「創った」ではなかったということは、この箇所は『膚の下』に合わせて変更される必要があったということで、重要になってくるわけです。
ですが、このへんも深入りしないで、6に続く。
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