少し長いのですが、ここも一連なのでまとめてやってしまおうと思います。
「ひどかったですよ。借り間の生活ですからね。狭いところに押し込められて、人工冬眠でスペースや水や食糧を節約したり。発狂した者も多いです。それでも火星人たちは、われわれが火星人になることを拒みつづけました。わたしたちの頼みの綱は地球に残していったアンドロイドがプログラムどおり地球を復興してくれること、ただそれだけでした。宇宙艦船の長期生命維持性能は頼りにならず、地球に降りたはいいが食料がないとなると、全滅でしたが……どうにかうまくいきそうです」
「すると、門倉だけじゃないんだな、アンドロイドが造った都市は」
「全地球に分布しています。それらとの交流はなかったのですか」
「あるもんか。アンチたちは人間が地下から出るのを嫌がったからな。例外もあるけど。このアンドロイドの家は、ぼくにとって天国だった。できればアンドロイドたちに恐怖を感じさせることなく、やってくれないか」
「わかりました。そうします」
「よかった。きみたちは破沙の人間を地下から解放してくれるな?」
「もちろんです。力をお借りしたいくらいです」
「買いかぶるなよ。地下に閉じ込められた暮らしだったから、みんな心がすさんでいる」
「それは、わたしたちも同じことです」
「火星暮らしはひどかったのか」
「それはもう。あんなところでよく耐えてきたものだと思います。なにしろひどい世界だった。火星人は、昔は地球人だったというのに、その考え方といったらもう、なんていうか――」
「滅裂だった?」
「そう、そうです。火星は滅裂だった」
(『あな魂』五刷 #23 pp.319-320)
「基本的には、凍眠です。しかし、火星の中央統治機構はずっと安定していたわけではなく、間借りの身の上のわれわれは、政変のたびに危機的な状況におかれました。凍眠中の仲間を守るために犠牲になった者も多い。凍眠システムの不調や、火星側が勝手にエネルギーをカットしたりで、死んだ者も少なくない。われわれの頼みの綱は地球で生まれたアンドロイドが計画どおりに地球を復興してくれること、ただそれだけでした。もしうまくいってなければ、全滅でした」
「門倉京だけではないんだな、アンドロイドが造った都市は」
「全世界に分布しています。それらとの交流はなかったのですか」
「あるもんか」と玄鬼。「アンチたちは、人間が地上に出るのをいやがったからな。人間は破沙に閉じ込められて、生ける屍のような暮らしを強いられてきたんだ。しかもアンドロイドの過激派は人間皆殺しを考えている。それに対抗する人間のグループが決起して、あのドンパチになっているんだ」
「もう、大丈夫です。われわれUNAGが、抑えます」
「過激なアンドロイドは、例外的な存在だ。この家のアンドロイドはわたしを受け入れてくれた。ここでの暮らしは天国みたいだった。アンドロイドたちには、恐怖を与えないように、やってくれないか」
「そうします。――地球に残られたあなたがたは、ほんとうに苦労されたのですね」
「きみたちもな」
「われわれの苦労は、この計画の立案時にこそあった」と梶野少佐は、遠い過去に思いを馳せたのだろう、言葉を切り、それから、言った。その苦労は、まだ終わっていないが、とにもかくにも、ここまで来た。われらは、帰ってきた」
(『あな魂』六刷 #23 pp.376-377)
ということで、ここも大幅に書きかえられている部分ですね。火星での避難生活の詳細が、五刷と六刷では随分変わっています。もっとも火星暮らしについては、『帝王の殻』との兼ね合いもあるのでしょうが。なにせ、『帝王の殻』であれだけ火星にお世話になっていたことがわかったのに、「火星暮らしはひどかったのか」/「それはもう。あんなところでよく耐えてきたものだと思います。なにしろひどい世界だった。火星人は、昔は地球人だったというのに、その考え方といったらもう、なんていうか――」/「滅裂だった?」/「そう、そうです。火星は滅裂だった」はねえだろというものです。もちろん、『あな魂』が書かれた当時、まだ『帝王の殻』はなかったのですから、多少の齟齬があってもおかしくはありません。
そこはともかく、五刷で梶野少佐が「わたしたちの頼みの綱は地球に残していったアンドロイドがプログラムどおり地球を復興してくれること、ただそれだけでした」と言っているのが、六刷では「われわれの頼みの綱は地球で生まれたアンドロイドが計画どおりに地球を復興してくれること、ただそれだけでした」となっています。「残していった」「プログラムどおり」が、「生まれた」「計画どおり」に変更されているのが、『膚の下』に合わせた改訂なわけですが、五刷以前の『あな魂』のアンドロイドはまったくの人工物のような印象があります。
また、サイ・玄鬼の「門倉だけじゃないんだな」という門倉京のことを門倉と略している用法だったものに、「門倉京だけではないんだな」と京が追加されているのは、『膚の下』に出てくる門倉と混同しないように、ということなのでしょう。そして、「人間が地下から出るのを嫌がった」が「人間が地上に出るのをいやがった」に変化しているのは、五刷以前の『あな魂』では地下に人間が居住していることがUNAG側に明確でなかった、『膚の下』以後では地下に人間が居住しているのは当然だからである、という違いによるものなのでしょう。そこで、サイ・玄鬼による説明の大幅な追加「人間は破沙に閉じ込められて、生ける屍のような暮らしを強いられてきたんだ。しかもアンドロイドの過激派は人間皆殺しを考えている。それに対抗する人間のグループが決起して、あのドンパチになっているんだ」があります。
というわけで、五刷の「地下に閉じ込められた暮らしだったから、みんな心がすさんでいる」と、それに答える梶野少佐「それは、わたしたちも同じことです」が消えてしまいました。梶野少佐が言う「同じこと」とは、地球の避難民の火星暮らしもまた、地下に閉じ込められていたことを指しています。しかしそれは、『帝王の殻』時点で凍眠によるものとされたために、削除されてしまったのでしょう。
さて、六刷の梶野少佐の「「われわれの苦労は、この計画の立案時にこそあった」と梶野少佐は、遠い過去に思いを馳せたのだろう、言葉を切り、それから、言った。「その苦労は、まだ終わっていないが、とにもかくにも、ここまで来た。われらは、帰ってきた」」は、ほぼまるまる『膚の下』に合わせた追加部分です。「遠い過去に思いを馳せ」る梶野少佐! 「われら」て言っちゃう梶野少佐! 失礼しました。「われら」というのは確実に『膚の下』の間明少佐の「われら」に対応しているわけです。
もう少しやりたいのですが、この辺で10に続く。
コメント