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次に(2)特に設定の変更を伴わない、文章の書きかえ。ですが、これは多くありません。ぶっちゃけ一箇所です。もちろん(3)が多くて、そのついでに文章の気になるところも手直ししているとすると、区別できないですから全部(3)に入れました。
さて該当箇所ですが、夫がいなくなってこんな気分になるのだから、誠元の心にはたぶん、ずっと前から、わたしのことなんか消えてしまっていたにちがいない。(『あな魂』五刷 #18 p.247)
身近にいるべき夫がいないこの寂しさを、きっと誠元も感じていたのだろう。誠元の心にはたぶん、ずっと前から、妻であるわたしはいなくなっていたのだろう。(『あな魂』六刷 #18 p.289)
という感じで、微妙な違いですね。ですが五刷の「こんな気分」を、六刷では「身近にいるべき夫がいないこの寂しさ」と具体的に記述。そして五刷の「誠元の心には…にちがいない」が少し文法的に破調なのを、六刷では「誠元の心には…のだろう」に修正、それに伴って五刷の文章の強い断定が弱められています。また、六刷ではわたしの前に「妻である」を追加して、五刷よりも妻という立場、こんなふたりが夫婦である意味とはなんぞやを強調していますね。
しかしこのへんは深入りせずに、5に続く。
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さて、新旧『あな魂』の違い、(1)文章の則などにかかわる表記の統一や語句の修正。についてですが。
これはだいたい、漢字を同じような意味の別の漢字に変更(例:器→機、登り→上り、等)、漢字表記を平仮名に改めている(例:その上→そのうえ、先程→先ほど、等)、また逆に平仮名表記を漢字にする(例:つかえる→使える、ください→下さい、等)、送り仮名の送り位置の変更(例:閉っていた→閉まっていた、浮び→浮かび、等)、読点や中黒点の追加あるいは省略(例:地下空洞破沙→地下空洞、破沙、UN・アドバンス・ガード→UNアドバンスガード、等)、というふうに、けっこうありますが、この辺はあんまり大事じゃない(大事なところは(3)のときに)ので、次に(2)に行きますね。もう眠いから、4に続く。
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やるやると言っておいて何年も放置中の、『あなたの魂に安らぎあれ』と『帝王の殻』の新旧版比較ですが、はじめから完成品を出そうと思うからうまくいかないんだと思いまして、ひとまずはここのブログでちょっとずつ進めてみますね。あとでまとめるよ。
さて、『あなたの魂に安らぎあれ』(以下『あな魂』)のソフトカバー単行本はまだ手に入ってませんので、比較するのは『あなたの魂に安らぎあれ』のハヤカワ文庫JAの二〇〇〇年二月五刷と、二〇〇四年四月六刷です。この『あな魂』の五刷と六刷のあいだの期間に、「SFマガジン」にて「膚の下」連載がありまして、二〇〇四年四月ハードカバー単行本の『膚の下』発売に合わせて、改訂された『あな魂』六刷が出たわけです。つまり、ここで『あな魂』(と『帝王の殻』)の内容が、『膚の下』の設定にそうように改訂されています。というわけで、単行本とより『あな魂』の五刷と六刷を比較するのが一番とは言えますね。
そんな感じで、2に続く。
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相生いのなごり多しき高浜ののこり多しき玉松のま幸くあれと下泣きの苛立ちいたる憎まれは安の渡りの捨て小舟(おぶね)らしくもなさにぎぎめきて別(あか)るおまえに礼は言わじと
きみ去りしのちに帰参の墓参かな下草萌ゆる野辺の片道
あいおいの
なごりおおしき
たかはまの
のこりおおしき
たままつの
まさきくあれと
したなきの
いらだちいたる
にくまれは
やすのわたりの
すておぶね
らしくもなさに
ぎぎめきて
あかるおまえに
れいはいわじとちょっとあいてしまいましたが、長歌です。今回もあな魂折句de長歌&反歌なので、次はあんまり関係なくって言ってたのは何やったのか。折句じゃないのはまあそのうち。
石谷少尉から堂本少尉へ。憎まれ=石谷少尉で、おまえもきみも堂本少尉のことです。
本当は、帰還後に石谷少尉が堂本少尉のお墓参りするのを詠みたかったんだけど(だからあな魂折句)、うまくいかなかったので、長歌は別離のとこだけになって、反歌で露骨にその要素を入れてみました。
