"あな魂新旧比較"カテゴリーの記事一覧
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ながながとやってきましたが、もうそんなにありません。
「……わるいことをしましたね。わたしには想像できませんが……親しい人が魔法をかけられたように変身するのは……同情しますよ」
(『あな魂』五刷 #27 p.366)
「……わるいことをしましたね。親しい人が魔法をかけられたように変身するのは……同情しますよ」
(『あな魂』六刷 #27 p.431)ここの梶野少佐のセリフ、五刷の「わたしには想像できませんが……」が消えています。『膚の下』で梶野少佐はバッチリ変身シーンを見ていますので、削除は相当ですね。
あとは、#28と#29で五刷の「UN・ガードマン」と「ガードマン」が六刷では「トルーパー」や「UNトルーパー」に名称変更されています。『膚の下』でアートルーパーという名称を採用したからなのか、現在「ガードマン」と言うと警備員というイメージが強いからなのか。とにかく(3)『膚の下』に合わせた設定変更に伴う、語句及び文章の書きかえ。に当てはまる部分ですね。
さて、11回にもわたって書きかえられた箇所を見てきましたが、今回でおしまいです。年が明ける前に終わってよかったです。総括については、次回の『帝王の殻』の新旧比較が終わってからにしますね。しないかも。ともかく、ウェブページにまとめますので、またそのときにでも。というわけで、『帝王の殻』新旧比較1に続く。
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#23のサイ・玄鬼と梶野少佐の会話は抜けまして、#25 の梶野少佐の説明セリフへ行きます。
「この子はトラプシンを生合成するための、キー・アンドロイドです」梶野少佐が里司の頭に手をおいて言う、「わたしたちにはトラプシンがどういう化学物質なのかよくわかりませんが、知らなくとも、専門家が万一全部死んで知識がいったん失われてもいいように、ある特定のアンドロイドの遺伝子にその記憶を植え、十世代か十一世代目にトラプシン・キーが発現するよう、祖先が考えて造った、この子がそのアンドロイドなのですよ、先生」
(『あな魂』五刷 #25 p.341)「この子はトラプシンを生合成するための、キー・アンドロイドです」梶野少佐が里司の頭に手をおいて言う、「わたしたちには、トラプシンがどういう化学物質なのかよくわかりません。アンドロイドにも、だれにも知られないように、変身機構のデータについては計画開始時に破棄されました。発現してみないと、分子構造もわからないのです。発現機構はある特定のアンドロイドの遺伝子に組み込まれ、十世代から十二世代目にトラプシン・キーが発現するように計画され、そして、この子が、そのアンドロイドなのです。この子の体内では、いまトラプシンが生合成されている。われわれはそれを抽出し、増幅しなくてはならない。この子の全身の、全細胞を使ってです」
(『あな魂』六刷 #25 p.402)途中まではだいたい同じですが、六刷の『膚の下』に合わせられた梶野少佐の説明のほうが、「この子の体内では、いまトラプシンが生合成されている。われわれはそれを抽出し、増幅しなくてはならない。この子の全身の、全細胞を使ってです」が追加され、より具体的になっています。
また、五刷の「専門家が万一全部死んで知識がいったん失われてもいいように」が六刷では「アンドロイドにも、だれにも知られないように、変身機構のデータについては計画開始時に破棄され」に、「ある特定のアンドロイドの遺伝子にその記憶を植え」が「発現機構はある特定のアンドロイドの遺伝子に組み込まれ」に、「十世代か十一世代目に」が「十世代から十二世代目に」に、「祖先が考えて造った」が「計画され」と変更されています。
もっとも、「十世代か十一世代目に」が「十世代から十二世代目に」なっているのは、もう少し幅を持たせることにしたということで、『膚の下』に合わせてのことではないのかもしれませんが。そして、梶野少佐のセリフから「先生」がなくなったことと、「専門家が全部死んで」のこの「全部」であって「全員」でない少しざっくばらんな言葉遣いがもろともに削除されたことによって、梶野少佐のセリフの雰囲気がやっぱりより事務的になっていると思います。この直前のシーンで、梶野少佐が六刷以降「いいぞ」(『あな魂』六刷 #25 p.400)と言っているところ、五刷以前は「やったぜ」(『あな魂』五刷 #25 p.339)なんですよね。「やったぜ」のほうが、なんだかフランクな雰囲気があるではありませんか。え、ただの勝手な思い込み? そうかもしれませんね。あともう少しですよ、11に続く。
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少し長いのですが、ここも一連なのでまとめてやってしまおうと思います。
「ひどかったですよ。借り間の生活ですからね。狭いところに押し込められて、人工冬眠でスペースや水や食糧を節約したり。発狂した者も多いです。それでも火星人たちは、われわれが火星人になることを拒みつづけました。わたしたちの頼みの綱は地球に残していったアンドロイドがプログラムどおり地球を復興してくれること、ただそれだけでした。宇宙艦船の長期生命維持性能は頼りにならず、地球に降りたはいいが食料がないとなると、全滅でしたが……どうにかうまくいきそうです」
「すると、門倉だけじゃないんだな、アンドロイドが造った都市は」
「全地球に分布しています。それらとの交流はなかったのですか」
「あるもんか。アンチたちは人間が地下から出るのを嫌がったからな。例外もあるけど。このアンドロイドの家は、ぼくにとって天国だった。できればアンドロイドたちに恐怖を感じさせることなく、やってくれないか」
「わかりました。そうします」
「よかった。きみたちは破沙の人間を地下から解放してくれるな?」
「もちろんです。力をお借りしたいくらいです」
「買いかぶるなよ。地下に閉じ込められた暮らしだったから、みんな心がすさんでいる」
「それは、わたしたちも同じことです」
「火星暮らしはひどかったのか」
「それはもう。あんなところでよく耐えてきたものだと思います。なにしろひどい世界だった。火星人は、昔は地球人だったというのに、その考え方といったらもう、なんていうか――」
「滅裂だった?」
「そう、そうです。火星は滅裂だった」
(『あな魂』五刷 #23 pp.319-320)「基本的には、凍眠です。しかし、火星の中央統治機構はずっと安定していたわけではなく、間借りの身の上のわれわれは、政変のたびに危機的な状況におかれました。凍眠中の仲間を守るために犠牲になった者も多い。凍眠システムの不調や、火星側が勝手にエネルギーをカットしたりで、死んだ者も少なくない。われわれの頼みの綱は地球で生まれたアンドロイドが計画どおりに地球を復興してくれること、ただそれだけでした。もしうまくいってなければ、全滅でした」
「門倉京だけではないんだな、アンドロイドが造った都市は」
「全世界に分布しています。それらとの交流はなかったのですか」
「あるもんか」と玄鬼。「アンチたちは、人間が地上に出るのをいやがったからな。人間は破沙に閉じ込められて、生ける屍のような暮らしを強いられてきたんだ。しかもアンドロイドの過激派は人間皆殺しを考えている。それに対抗する人間のグループが決起して、あのドンパチになっているんだ」
「もう、大丈夫です。われわれUNAGが、抑えます」
「過激なアンドロイドは、例外的な存在だ。この家のアンドロイドはわたしを受け入れてくれた。ここでの暮らしは天国みたいだった。アンドロイドたちには、恐怖を与えないように、やってくれないか」
「そうします。――地球に残られたあなたがたは、ほんとうに苦労されたのですね」
「きみたちもな」
「われわれの苦労は、この計画の立案時にこそあった」と梶野少佐は、遠い過去に思いを馳せたのだろう、言葉を切り、それから、言った。その苦労は、まだ終わっていないが、とにもかくにも、ここまで来た。われらは、帰ってきた」
(『あな魂』六刷 #23 pp.376-377)ということで、ここも大幅に書きかえられている部分ですね。火星での避難生活の詳細が、五刷と六刷では随分変わっています。もっとも火星暮らしについては、『帝王の殻』との兼ね合いもあるのでしょうが。なにせ、『帝王の殻』であれだけ火星にお世話になっていたことがわかったのに、「火星暮らしはひどかったのか」/「それはもう。あんなところでよく耐えてきたものだと思います。なにしろひどい世界だった。火星人は、昔は地球人だったというのに、その考え方といったらもう、なんていうか――」/「滅裂だった?」/「そう、そうです。火星は滅裂だった」はねえだろというものです。もちろん、『あな魂』が書かれた当時、まだ『帝王の殻』はなかったのですから、多少の齟齬があってもおかしくはありません。
そこはともかく、五刷で梶野少佐が「わたしたちの頼みの綱は地球に残していったアンドロイドがプログラムどおり地球を復興してくれること、ただそれだけでした」と言っているのが、六刷では「われわれの頼みの綱は地球で生まれたアンドロイドが計画どおりに地球を復興してくれること、ただそれだけでした」となっています。「残していった」「プログラムどおり」が、「生まれた」「計画どおり」に変更されているのが、『膚の下』に合わせた改訂なわけですが、五刷以前の『あな魂』のアンドロイドはまったくの人工物のような印象があります。
また、サイ・玄鬼の「門倉だけじゃないんだな」という門倉京のことを門倉と略している用法だったものに、「門倉京だけではないんだな」と京が追加されているのは、『膚の下』に出てくる門倉と混同しないように、ということなのでしょう。そして、「人間が地下から出るのを嫌がった」が「人間が地上に出るのをいやがった」に変化しているのは、五刷以前の『あな魂』では地下に人間が居住していることがUNAG側に明確でなかった、『膚の下』以後では地下に人間が居住しているのは当然だからである、という違いによるものなのでしょう。そこで、サイ・玄鬼による説明の大幅な追加「人間は破沙に閉じ込められて、生ける屍のような暮らしを強いられてきたんだ。しかもアンドロイドの過激派は人間皆殺しを考えている。それに対抗する人間のグループが決起して、あのドンパチになっているんだ」があります。
というわけで、五刷の「地下に閉じ込められた暮らしだったから、みんな心がすさんでいる」と、それに答える梶野少佐「それは、わたしたちも同じことです」が消えてしまいました。梶野少佐が言う「同じこと」とは、地球の避難民の火星暮らしもまた、地下に閉じ込められていたことを指しています。しかしそれは、『帝王の殻』時点で凍眠によるものとされたために、削除されてしまったのでしょう。
さて、六刷の梶野少佐の「「われわれの苦労は、この計画の立案時にこそあった」と梶野少佐は、遠い過去に思いを馳せたのだろう、言葉を切り、それから、言った。「その苦労は、まだ終わっていないが、とにもかくにも、ここまで来た。われらは、帰ってきた」」は、ほぼまるまる『膚の下』に合わせた追加部分です。「遠い過去に思いを馳せ」る梶野少佐! 「われら」て言っちゃう梶野少佐! 失礼しました。「われら」というのは確実に『膚の下』の間明少佐の「われら」に対応しているわけです。もう少しやりたいのですが、この辺で10に続く。
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昨日は長歌&反歌を載せていましたが、おかげで少し休めましたので、気を取り直して『あな魂』新旧比較行きます。
「きみたち、アンチを殺すのか。そうじゃないことはわかっているんだが」
「火星中央機構は十二年ほど早くわれわれを追い出しにかかりました。困ったことです。この街にトラプシン・キーを持っているアンドロイドが生まれているかどうか。それが見つからないとなると、殺さなくてはならない」
「聖なる御子のことだな。それなら破沙にいるよ。人間に紛れ込んでいるアンドロイドの子供だ。識別は簡単にできるのか」
「ええ。そうですか、それはありがたいです。アンドロイドを無駄にしなくてすむ。よかった、いや、本当に。感謝します。さっそく本部に連絡します。でも……あなたはどうしてここに。あのドンパチグループとは別なんですか。すごい銃を持ってますね。九一式熱線銃、旧地球時代の名銃のコピーだ。あんなものがあるとは思いませんでした」
「旧地球時代か。きみたちは地球を脱出したあと、火星でどう生きていたんだ」
(『あな魂』五刷 #23 pp.318-319)「きみたちは、アンチを殺すのか。門倉のアンドロイドを皆殺しにするのか?」
「トラプシン・キーを持っているアンドロイドが生まれているかどうかにかかっています。火星の中央政府は、契約より十二年ほど早くわれわれを追い出しにかかりました。困ったことです。帰ってきたここ、地球でトラプシン・キーが見つからないとなると、アンドロイドを殺さなくてはならない。キーは、特定のアンドロイドの体内で生合成されることになっているのです」
「聖なる御子のことだな。それなら破沙にいるよ。人間に紛れ込んで生活しているアンドロイドの子供だ。識別は簡単にできるのか」
「できます。そうですか、それは助かる。無益な殺傷をしなくてすむ。さっそく本部に連絡します。しかし、あなたはどうしてここに? 司祭だそうですが、アンドロイドを教育されていたのですか?」
「いいや、わたしは人間相手の司祭だったが、アンドロイドの神、エンズビルが降臨するのを予知して、その正体を見るために、地上に、ここに、来たんだ。エンズビルというのは、あなたがたのことだったんだな。あなたがたは地球を脱出したあと、火星でどう生きてきたんだ」
(『あな魂』六刷 #23 pp.375-376)ちょっと長いのですが、うまく切れるところがないので、ここで切ります。この辺りのサイ・玄鬼と梶野少佐の会話には、『膚の下』に合わせた追加と書きかえが多いですね。
五刷では「そうじゃないことはわかっているんだが」だったサイ・玄鬼は、六刷で「門倉のアンドロイドを皆殺しにするのか?」と梶野少佐へ問うことになり、わかってない人になってしまいました。そこで梶野少佐は六刷では「トラプシン・キーを持っているアンドロイドが生まれているかどうか(にかかっています)」を先に言って、「帰ってきたここ、地球でトラプシン・キーが見つからないとなると、アンドロイドを殺さなくてはならない。キーは、特定のアンドロイドの体内で生合成されることになっているのです」と、五刷よりも懇切丁寧にサイ・玄鬼に説明しています。
サイ・玄鬼の「識別は簡単にできるのか」に対して、梶野少佐は五刷では「ええ」、六刷では「できます」と、よりわかりやすく答えています。そして五刷の「そうですか、それはありがたいです。アンドロイドを無駄にしなくてすむ。よかった、いや、本当に。感謝します」が、六刷では「それは助かる。無益な殺傷をしなくてすむ」に短縮されています。たしかに五刷の「よかった、いや、本当に」あたりはなくてもよいところです。しかし、それでは六刷の梶野少佐が、比較的感謝していない人みたいですよ。なんかこう、ちょっと改訂以後の梶野少佐は事務的ではないですか? 別にいいんですけどね、別に。
それはともかく、五刷の「あのドンパチグループとは別なんですか。すごい銃を持ってますね。九一式熱線銃、旧地球時代の名銃のコピーだ。あんなものがあるとは思いませんでした」この梶野少佐のセリフが、まるっと削られています。ここもいらないと言えばいらないですね。「旧地球時代」を導き出すための序詞みたいなものです。が、「九一式熱線銃」の説明が消えてしまったのは、少し残念な気もします。
そのかわり、六刷では「司祭だそうですが、アンドロイドを教育されていたのですか?」という『膚の下』に合わせたセリフに変更され、それを受けてのサイ・玄鬼の「いいや、わたしは人間相手の司祭だったが、アンドロイドの神、エンズビルが降臨するのを予知して、その正体を見るために、地上に、ここに、来たんだ。エンズビルというのは、あなたがたのことだったんだな」が追加挿入されています。
そしてこの、サイ・玄鬼の呼びかけが、六刷では途中で「きみたち」から「あなたがた」になっているのは、「よかった、いや、本当に」等の梶野少佐のセリフが削られたために、五刷以前の親しみやすい梶野少佐に対してなら「きみたち」でもよかったのですが、六刷以降のやや事務的な口調の梶野少佐には、「きみたち」と呼びかけるのが、サイ・玄鬼にはためらわれるということなのです。ホンマかいなと思いながら、9に続く。
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昨日は、(2)に含めればいいような部分を取り上げてしまい、そういう書きかえまで拾っていると時間がいくらあっても足りませんので、(3)にそった内容の箇所を取り上げていきます。ちょっとしたところは飛ばします。むしろ(2)で扱えよですね。反省です。
「こっちが聞きたいよ。わたしは玄鬼。破沙の人間だ。アンドロイドじゃない。人間だ」
「これは……そうですか、破沙シェルターには人がいるのですね。そうか、それでわかった。あのドンパチは、あなた方の仲間ですね」
「ドンパチ?」
「ちょうど、その真っ最中に降り立ったようだ。アンドロイドも数百年もたつと反抗的になることは予想していましたが。いや、これは失礼しました。わたしはUN・アドバンス・ガード・一三一方面部、梶野少佐です。地球に残り、地球を守られてきたあなた方に敬意を表します」
(『あな魂』五刷 #23 p.318)「こっちが聞きたいよ」と玄鬼。「わたしは、サイ・玄鬼。人間の魂司祭だ。アンドロイドじゃない。破沙の人間だ」
「破沙の司祭、人間か。しかし、破沙の人間がどうしてここに。――そうか、あのドンパチは、破沙の人間とアンドロイドでやられているのですね」
「ドンパチ?」
「ちょうど、その真っ最中に降り立ったようだ。アンドロイドも数百年もたつと反抗的になることは予想されていたが――」
「あなたは、何者だ」
「失礼。わたしはUNAG、UNアドバンスガード、一三一方面・先遣部隊の梶野少佐です。地球に残り、アンドロイドを教育しつつ地球を守られてきたあなたがたに、敬意を表します」
(『あな魂』六刷 #23 pp.374-375)まず、ここで切った、玄鬼と梶野少佐のやりとりを見ていきます。ここは、はっきりと『膚の下』に合わせての違いがあります。サイ・玄鬼のセリフに、六刷では「人間の魂司祭だ」が追加、梶野少佐のセリフに「アンドロイドを教育しつつ」が追加されています。これは間違いなく『膚の下』での結末に合わせるための追加です。
また五刷の梶野少佐のセリフ「破沙シェルターには人がいるのですね」が六刷では削られているのですが、ここから『あな魂』執筆時点では、破沙シェルターに人間がいるかいないか、UNAG側にははっきりしていなかったことがわかります。六刷のサイ・玄鬼のセリフに「破沙の人間だ」と、破沙が追加されているのは、破沙に人間がいるのは確定されていることを強調する狙いがあるのでしょう。そこで五刷では「そうか、それでわかった。あのドンパチは、あなた方の仲間ですね」と言っていた梶野少佐が、六刷では「――そうか、あのドンパチは、破沙の人間とアンドロイドでやられているのですね」と言うことになるのです。特に結論めいたこともないまま、8に続く。